御書

【新人間革命4巻 凱旋】財務の意義や功徳と池田先生の指導|11月度座談会御書:衆生身心御書

2024年11月、15日は池田先生の一周忌であり、18日は創価学会の創立記念日です。そのような中、待望の財務部員(広布部員)が活躍する時期が到来しました。

 

財務の実施に鑑み、財務の意義や功徳について、池田大作先生の指導に学ぶと共に、ご供養の精神に触れた「11月度座談会御書:衆生身心御書(しゅじょうしんしんごしょ)」の御書講義と研鑽についても、併せて掲載しました。

 

ご活用いただければ幸いです。

【小説「新・人間革命第4巻「凱旋」の章】財務の意義や功徳とは?池田先生の指導に学ぶ!

 

創価学会の財務の意義や功徳については、種々の指導がありますが、小説「新・人間革命第4巻「凱旋」の章の中で、山本伸一が回想するシーンがあります。

 

ここに、財務の意義や功徳についての「池田先生の指導」の全てが込められていると思うので、ご紹介します。

 

 彼は、戸田城聖の事業が窮地に追い込まれ、給料の遅配が続くなかで、懸命に広布の指揮を執る戸田を守り、仕えてきた日々を思い起こした。

 伸一は、広宣流布に一人立った師子を支えることは、学会を守り、広布を実現する道であると自覚していた。

 彼は、自分の生活費は極限まで切り詰め、給料は、少しでも、広布のため、学会のために使うことを信条としてきた。それは伸一の喜びであり、密かな誇りでもあった。そのために、オーバーのない冬を過ごしたこともあった。ようやく出た給料の一部を、戸田の広布の活動のために役立ててもらったこともあった。

 そして、その功徳と福運によって、病苦も乗り越え、今、こうして、会長として悠々と指揮を執れる境涯になれたことを、伸一は強く実感していた。

 彼は人に命じられて、そう行動してきたわけではない。それは、自らの意志によって、喜び勇んでなした行為であった。また、広宣流布のために生涯を捧げようと決めた伸一の、信心の至誠にほかならなかった。

 

では次に、衆生身心御書(11月度座談会御書講義)を通して、さらに詳しく、ご供養の精神(財務の意義・功徳)について学んで参りましょう。

衆生身心御書(11月度座談会御書講義)福田によきたねを下ろさせ給うか。ご供養の志に無量の福徳

 

2024年11月度座談会拝読御書は「衆生身心御書(しゅじょうしんしんごしょ)」ですが、拝読範囲は、「御書新版では 2047ページ5行目から7行目まで、御書全集では 1595ページ18行目から1596ページ1行目まで)となります。

 

拝読に際して研鑽すべき要点として大百蓮華11月号ではーー▼

 

  • 太陽の仏法で混迷の社会を照らせ!
  • 広宣流布を支える志に無量の福徳が

 

とありますが、「広宣流布を支える志」とは、ご供養の精神に他なりません。ご供養、つまり「財務」の精神即「広布部員」の信心について学んで参りましょう。

11月度座談会拝読御書(衆生身心御書)の背景と大意

2024年11月度座談会拝読御書は「衆生身心御書(しゅじょうしんしんごしょ)」です。本年11月号の大百蓮華をお持ちの方は、46ページをご覧下さい。

 

背景と大意について申し上げます。▼

【背景】

本抄は、日蓮大聖人の佐渡流罪が放免となった建治年間の頃、身延の大聖人の下へご供養の品を届けた門下へのお手紙と拝され、これ以上の事は判っていません。

 

【衆生身心御書の概要】

本抄の概要を極めて簡単に申し上げるとーー▼

法華経以外の諸経は仮の教えで、仏の悟りそのものを説いた法華経を信受してこそ衆生の成仏は叶うが、諸宗の教祖は仏の悟りに私見を交えた邪教である。そして、釈尊滅後の末法という時代、日蓮大聖人こそが法華経を正しく伝える法華経の行者であり、故に、法華経の行者への供養には計り知れない功徳がある。

11月度座談会拝読御書(衆生身心御書)御文を拝読

【衆生身心御書の拝読御文】

大百蓮華48頁の本文を皆さんと共に音読しましょう。▼

当世は世みだれて民の力よわし。いとまなき時なれども、心ざしのゆくところ、山中の法華経へ、もうそうがたかんなをおくらせ給う。福田によきたねを下ろさせ給うか。なみだもとどまらず。

(御書新版2047ページ5行目~7行目、御書全集1595ページ18行目~1596ページ1行目)

 

【通解(現代語訳)】

今の世は乱れて、民の生きる活力も弱まっている。暇もない時節なのに、強い信心のゆえに(日蓮の身を案じて)身延の山中の法華経へ、貴重なタケノコを供養されました。福田に素晴らしい善根の種をまかれたのでしょうか。その厚い志に涙も止まらない。

 

【御書講義(解説)】

語句の意味を見ていただけば、「もうそうがたかんな」とは、貴重な品・タケノコであり、「福田」とは、ご供養の志が必ずや貴方に福徳をもたらしますよ、と仰せになっていることがわかります。

 

蒙古襲来で世の中が混乱する当時、自分のことでも精一杯な門下がご供養の品を差し上げたことの偉大さを、大聖人はどこまでも賛嘆されています。

 

では、池田先生は、ご供養について、どう捉え、実践されたか。202年11月3日付けの聖教新聞第5面の一部、「小説『新・人間革命』第4巻「凱旋」の章」の一部を拝読します。

 

⇒ ここで、前掲の「小説『新・人間革命』第4巻「凱旋」の章」の一部を拝読。

 

いかがでしょうかーー。

法戦を終え真心の志に立つ創価学会員の決意について

以上、ご供養の精神・精神と畳みかけるようなお話に、正直、私自身も抵抗を感じているのですが、正法に巡り合えた喜びを胸に、「自ら進んで喜んで」ということが最も肝心かつ重要です。

最後に、今現在に即して一言、申し上げます。

 

法戦(選挙戦)も仏法流布・折伏弘教の戦いと全く同じ「時の戦い」。今回の戦いはここからスタートしました。

厳しい戦いでしたが、振り返れば今の世の中、地球温暖化による災害や疫病の様相は、大聖人御在世当時を遥かにしのいでいるのではないでしょうか?

 

そして、そんな現代を生きる日蓮大聖人の門下、即池田門下である私たちには必ずや、想像を絶する使命があるものと思えてなりません。大悪起これば大善来る!を確信していきたいと思います。

 

何があっても頭を上げて、前に向かって生きて生きて生き抜いていける。その為の仏法こそ、日蓮大聖人の仏法です。

今再び、唱題根本・御本尊根本に、何があっても前進出来る自分自身を作り上げ、その喜びを友人知人に、また同志に、語って語って語り抜いていこうではありませんか。

以上です。

11月度座談会拝読御書(衆生身心御書)の語句や関連資料

【語句】

もうそうがたかんな

「孟宗のタケノコ」の意。中国の三国時代の孟宗が、冬に母親の好物のタケノコを手に入れた故事に由来する。得がたいものを手に入れることを譬えている。

福田

福徳をもたらす因を、田畑に譬えたもの。

 

【資料】池田先生の指導(大百蓮華・2024年11月号51頁に掲載)

日蓮大聖人は、「当世(とうせい)は世みだれて民の力よわ(弱)し」(同1595㌻、「衆生身心御書」)と嘆いておられた。

荒れ狂う乱世に屈しない正義にして堅固なる「民の力」のネットワークにこそ、蓮祖の願われた「立正安国」の一つの実像があるといっても過言ではない。

大聖人に直結の我らは、「民の力強し」「民衆は強し」と、声を張り上げて宣言できる常勝の歴史を、断じて永遠に残していくのだ。
(聖教新聞・随筆 我らの勝利の大道 44:2011年4月7日より)