学会活動

創価学会 3.16の意義(広宣流布記念の日)とは?広布後継へ青年部の模擬試験に迫る!

創価学会では「3.16(3・16)」という言葉を毎年の3月を目前にして、良く聞かれるようになります。

3.16とは3月16日であり、「広宣流布記念の日」という意義ある日であるからです。

毎月の座談会でも、3月については、座談会のタイトルに「3.16記念」と冠する場合が多いかと。いかに「3.16広宣流布記念の日」を大切にしているかがわかるというものです。

ところで、この「広宣流布記念の日」にはどんな意味や意義があるのでしょう?

この記事では、「創価学会 3.16」の意義とは?また、広宣流布記念の日がどんな日であったかについて述べています。

実はこの日、「広布後継の青年部への模擬試験」とされる式典が開催された日なのですが、当時の戸田先生の指導の内容に加え、池田先生の指導も紹介し、併せて、本式典の詳細を記した参考資料もご紹介していこうと思います。

「3.16 広宣流布記念の日」の意義とは何か気になる!

2月中から「3.16」へ向けて、全国の創価学会の方々には、決意や抱負をいだく動きがあります。また、3月の本部幹部会は「3.16記念の青年部幹部会」として開催されます。機関紙・聖教新聞にも、3.16に関する記事が多々、掲載されます。

  • 【福島】広布後継の「3.16」へ人材の流れはいや増して 創価班・牙城会が合同総会2022年2月18日
  • 3月の青年部幹部会を目指して「人材を開拓」「弘教・拡大」で飾ろう2022年2月18日
  • 「3・16」記念の青年部幹部会へ 飛躍の時は今!2022年2月18日
  • 〈座談会〉 「3・16」記念の青年部幹部会へ 拡大・勝利こそ創価後継の証し2022年2月21日
  • 「伝統の2月」から「3・16」へ 拡大は一対一の絆から2022年2月25日
  • 3月の青年部幹部会へ 各部一体で「3・16」を荘厳2022年2月25日
  • 創価の若師子 男子部が立つ! 3・2「埼玉男子部の日」そして3・16へ
    2022年2月25日
  • 誓いの「3・16」へ 最前線の地区から勝利を開く2022年2月25日

各記事に目を通すと、「3・16」を目指しての決意みなぎるものがヒシヒシと感じられます。では、自身の決意やいかに?そこで、「3.16 広宣流布記念の日」には、いったいどんな事があってどんな意味や意義があるのかについて、詳しく調べましたのでご紹介いたします。

【3.16広宣流布記念の日】意義は?広布後継の青年部への模擬試験及び参考資料!

「広宣流布記念の日」とは、「広宣流布の模擬試験」と呼ばれる式典が開かれ日です。その日が3月16日であったことから、「3.16(3・16)」と表記されるようになりました。創価学会の広布史にあって、3月の重要な記念日でもあります。

1958年(昭和33年)3月16日の12時40分、総本山(現在の日蓮正宗総本山の寺院「大石寺」)にて、「広宣流布の模擬試験」の式典は開催されました。

この式典は、創価学会第二代会長の戸田先生が、当時、青年室長であった池田大作先生に、「将来のために広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をしておこう」と提案されて実施されたものです。そして式典には、男女青年部の精鋭6,000人が集ったのです。

広宣流布の後事のいっさいを、次代を担う青年たちに託すとの深い意味が込めらた式典でした。戸田先生は、生涯の願業であった「会員75万世帯」達成後、病の床にあり、その戸田先生を池田先生が万策を尽くしてお迎えしての式典であったのです。

【3.16広宣流布記念の日】意義とは?

池田先生は、「3.16」の意義について、【「3.16は、師から弟子への『継承』の日であり、『後継』の弟子が立ち上がる日である。その意味で、この日は、永遠の『出発』の日である」】とされています。

  • 「3・16」とは、弟子が立ち上がる、永遠の「本因の原点」の日。
  • 「3・16」とは、師から弟子への『継承』の日であり、『後継』の弟子が立ち上がる日。
  • 「3・16」とは、創価学会員にとって広布継承を象徴する記念日。

戸田先生は、6000人の青年に対して「われわれには広宣流布を断じてなさねばならぬ使命がある。それを今日、私は君たち青年に託しておきたい。未来は君たちに任せる。頼むぞ広宣流布を!」と叫ばれ、「創価学会は、宗教界の王者であります」と、戸田先生が生涯をかけた広宣流布の勝利の宣言をされています。そしてこれをもって、広宣流布のバトンは青年たちに託されたのです。

青年への慈愛と薫陶のエピソード

式典当日の早朝、青年たちに「豚汁」がふるまわれました。戸田先生の配慮によるもので、師の慈愛が青年たちを温かく包みました。

また、歩行困難な戸田先生のために、池田室長(当時)が「車駕」を作ったことは、有名なエピソードです。

諸葛孔明が、五丈原の戦いで四輪の車に乗って指揮をとった故事になぞらえたものでしたが、戸田先生は「大きすぎて、実戦には向かぬ!」と一喝。しかし、真心に応え、車駕に乗られました。弟子への薫陶の一幕です。当時を振り返り池田先生は、「最後の最後まで、命を振り絞っての、愛弟子への訓練であった。そのありがたさに、私は心で泣いた」と記されています。

3.16(3・16)広宣流布記念の日の参考資料について

「3.16 広宣流布記念の日」の詳しいもようは、【『人間革命』第12巻「後継」の章】で御覧いただけます。1958(昭和33)年3月、戸田先生が総本山で、大講堂の落慶祝賀の総登山の指揮をとり、16日には「広宣流布の模擬試験」となる儀式を行って、広布後継のバトンを伸一をはじめとする青年たちに託す、という内容で、如実に当時のもようが綴られています。

『新・人間革命』第2巻「錬磨」と第4巻「春嵐」、『随筆 桜の城』「3.16の大儀式を偲びつつ」でも関連する詳細が綴られています。

【関連記事】3.16広宣流布記念の日の意義とは?

創価学会の記念日の一覧表と別途綴った「広宣流布記念の日 3.16(3月の広布史)」、及び、「3.16」への出発の意義を込めた「【2月度座談会御書】一生成仏抄(2022年)」を以下にご紹介しています。