座談会

学会歌・森ケ崎海岸の場所はどこに?現状は?

座談会で学会歌に「森ケ崎海岸」を歌うことになり、冒頭、歌の由来を紹介することになりました。歌詞を読み、曲や合唱を聞くにつけ、本当にすてな歌、との思いを強くした次第です。と共に、歌(詩)の舞台に行ってみたいと思うようになり、少し調べごとをしたので紹介します。

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森ケ崎海岸の場所はどこで、現状はどうか

詩情豊かな学会歌、森ケ崎海岸の舞台となった海岸・「森ケ崎海岸」とは、いったいどこにあるのでしょうか。また、現状はどうなっているのでしょうか。

若き日の池田名誉会長が、森ケ崎海岸での友との語らいを「森ケ崎海岸」と題する詩にしてノートに記されたのは、19歳の時。昭和22年(1947年)のことです。

友人との語らいのエピソードについては、小説「新・人間革命」の第5巻・「歓喜」の章(141ページ)で、山本伸一が述懐するシーンがあります。

時は流れ、小説「新・人間革命」の第23巻・「勇気」の章23では、第2回「飛翔会」総会(会場は大田区体育館)に東北・九州などの遠方から参加メンバー(希望者)を、森ケ崎海岸に案内するシーンが紹介されていますが、次のような記述が見られます。

『森ケ崎海岸といっても、かつて伸一が「磯の香高く波かえし」「崩れし土手に草深く いかなる虫か知らねども……」と詠んだ、あの風情は既になく、著しい変容を遂げている。』

小説「新・人間革命」勇気の章の「2」には、「飛翔会」の結成は、昭和50年(1975年)の8月26日とあります。

昭和50年当時の段階で海岸の様相は全く様変わりしていたようです。

大田区の森ヶ崎海岸公園と森ケ崎という地名

調べてみると、既に「森ケ崎」という地名は無く、大田区大森南地区の旧地名であるとのこと。ただし、地名としては存在しなくとも、バス停の名称や公園の名称として残っていることがわかりました。

大田区に「森ヶ崎海岸公園」という名称の公園があり、「大森南四丁目4番先から大森南五丁目6番先まで」の地域に及ぶとのこと。交通については「京浜急行線糀谷大森町駅下車徒歩約21分」とありました。あるいは、「JR「大森」駅東口または「蒲田」駅東口から京急バス「森が崎」行き「森ヶ崎十字路」下車で徒歩約5分」という情報もあります。

「森ヶ崎海岸」の場所としては、この辺で間違いないでしょう。

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旧・都立大森緑道公園を区がバリアフリーや景観に配慮し、区立森ヶ崎海岸公園としてリニューアル!海辺に面した細長い地形が特長で1.2kmの散策路。

【関連リンク先】
森ヶ崎海岸公園(大田区のホームページ)
古(いにしえ)のレジャーランド、「森ヶ崎」を訪ねて

森ケ崎海岸・合唱の冒頭に歌の由来を述べることになりました

8月の座談会では、学会歌に「森ケ崎海岸」を歌うことになりました。座談会の企画を協議する若いメンバーの中には、歌詞も曲も聞いたことがない・知らない、という人がいて、時の流れを強く感じた次第です・・。

モバイルSTBにダウンロードされた学会歌の中に、しっかりと「森ケ崎海岸」があり、これを流しながら(見ながら)歌い、指揮をとる人は無しで、ということになりました。。

そして、歌い始めの冒頭に、筆者が担当して「歌の由来」を述べる企画に。

創価学会の公式サイトに、期間限定として学会歌の紹介がされており、「森ヶ崎海岸」のページでは『「森ヶ崎海岸」のなりたち』というPDFの資料が公開されていて、これをそのまま読むのが一番良いと思いましたが、歌い始めの冒頭で紹介するには「長過ぎ」ます。

【関連リンク先】
森ヶ崎海岸(会員サポート・学会歌)
「森ヶ崎海岸」のなりたち

これを要約して、歌の心(池田先生のお心)を添えた形で紹介することにしました。

「森ケ崎海岸」の成り立ち

戦後の混乱期、若き日の池田名誉会長は「いかに生きるべきか」を真剣に模索する青年の一人でした。友人らと読書会を開き、生きるべき「真実の道」を求め文学や哲学を学びあっていました。

『月の美しいある夜、森ケ崎海岸で、池田青年はその友人の一人と、いかに生きるべきか語り合いました。友人はキリスト教に入ることを打ち明けました。池田青年は「自分は身体が弱く生活も苦しいが、人々のために貢献できる、堂々たる人生を開こうと思う。お互いに頑張ろう」と語り、手を差し出しました。友人はその手を固く握りしめ、二人はほほえみを交し合って別れたのです。池田青年が戸田第二代会長を出会い、真実の仏法の道を歩み出すのは、この直後のこととなります・・』

池田青年は、この友人との語らいを「森ケ崎海岸」と題する詩にしてノートに記しました。昭和22年、当時19歳の時のことです。この詩に、後年、曲が付けられて誕生したのが、これから歌う『森ケ崎海岸』です。

池田先生は、「新・人間革命 歓喜の章」で次のように語っています。
「……もし、彼と会うことができたら、また、人生を語り合いたい。そして、仏法を教えたいと思う。布教といっても友情から始まる。相手を尊重してこそ、本当の対話ができる」と。

それでは、歌って参りましょう。