幸の唱題おくる嬉しさ この一念で一言の激励を

小説「新・人間革命」勝利島52に池田先生(山本伸一)が、同志を激励する一念を綴られていました。

よく組織では、何か同志が困難にあると、お題目をおくる、唱題会を開く等のことが行われます。自身にも、なにかあればお題目。題目根本は学会活動の基本でもあります。

しかし、今回の新・人間革命「勝利島52」でお題目をおくる一念について反省させられました。

先生は、徳の島の友に、「幸の唱題 おくる嬉しさ」と詠まれています。『おくる嬉しさ』とあるように、お題目をおくる、おくれるというのは歓喜なのであることを自覚していきたいと思いました。これは、無上の同志への思いやり・慈悲から来るご一念かと思いますが、お題目に対する絶対の確信なくしてはあり得ないものかと思います。

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月々日々に体験という現証を積み、題目とこの信心に対する確信を深め行く日々でありたいと念願し決意致します。

また、『吹雪の暗夜を歩み続けてきた人には、一言の激励が勇気の火となり、温もりとなる。苦闘し抜いた人ほど、人の真心を感じ取る。』とありました。

このとおりであると共に、一言の激励ではなく、苦境にある人が「心無いゾンザイな一言」をこうむってしまったらどうか・・。それはまさに、谷底に突き落とされたような思いでありましょう。

過日、我が地区内で、積年の組織の方々の悩みに一区切りがつきました。本件は婦人部に関係することであったため、筆者は、いつに無く婦人部の幹部の方々と接触する機会が多かったのであります。

本件に関係して、筆者自身の立場上、路頭に迷うが如き一時期がありました。その折り、某婦人部幹部に伺いをたてたところ・・私は関係ない、という態度をとられた時ほど、失意に沈んだ時はありませんでした。今になって思えば、もう少し、情のある対応をしてもらえれば、と思わずにはいられません。

後日、この婦人部幹部の冷たい応対については、多くの婦人部員の方々から批判があることがわかりました。この婦人部幹部は上層部の幹部には丁寧なのでしょうか・・。それはともかく、組織に批判・怨嫉はけしてあってはならないこと。前述の『積年の組織の方々の悩み』に匹敵するほどの問題であると思われました。お題目根本に解決に向けて対応すべきと決意しています。

小説「新・人間革命」勝利島52(2015年 9月21日)

一九七八年(昭和五十三年)一月、「広布第二章」の支部制が発足し、離島にあっても清新の息吹で新たな前進が開始された。

山本伸一は、各島々の飛躍のために、ますます力を尽くそうと心に決め、島にあって広宣流布を支え、推進してくれた同志を、讃え、励ますことから始めた。

彼は、それぞれの島に生き、戦う、勇者たちの英姿を思い浮かべ、祈りを込め、代表に激励の和歌や言葉を、次々と贈っていった。

「奥尻の 友はいかにと 今日も又
幸の風吹け 祈る日々かな」

「大聖に 南無し護らむ 佐渡の地で
広布の友の いくさ讃えむ」

「いつの日か 渡り語らむ 隠岐の島
わが友思はば 心はずみて」

「ふたたびの 友と会いたし 徳の島
幸の唱題 おくる嬉しさ」

「はるかなる 宮古の島に 君立ちて
広布の楽土を 祈る日日かな」

東京・伊豆大島の同志にも詠んだ。

「いついかん 椿の花の その下で
  広布に舞いゆく 君らいかにと」

沖縄・久米島の同志には、こう記した。

「どんなに辛くとも 団結第一で楽しい人生を 題目と共に 生きぬいて下さい」

この励ましに、同志は燃えた。

吹雪の暗夜を歩み続けてきた人には、一言の激励が勇気の火となり、温もりとなる。苦闘し抜いた人ほど、人の真心を感じ取る。

山本伸一は、どこへ行っても、離島から来たメンバーがいると聞けば、全精魂を注いで励ましていった。

三月三十一日、彼は、東京・大田区に新たに完成した大森文化会館を視察した。会館の和室で地元のメンバーと懇談していると、区の幹部が、八丈島から来たという数人の会員を連れてきた。伸一は、立ち上がって、皆を部屋に招き入れながら語った。

「八丈島! 八丈島からですか! 遠いところ、ようこそおいでくださいました」

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