パワハラとリストラの闇 やがて 苦悩からの再起

どこにあっても多少はついてまわる「人生修行」の一つ。それが「いじめ」や「パワーハラスメント」に対する私の認識であった。この認識は、3度目の失業にあたり、根本的にくつがえされた。

恨みの無い同僚社員に対して自分でも納得出来ない「理不尽」を強要した。強要されて化石となった同僚の「顔」が忘れられない。やがて自らが強要される身となり、「化石の心境」にドップリとつかった。

粛清され、身も心も闇に沈んだ。闇は深く自分自身を見失うに至った。やがて時の経過が我が身にかすかな光を注ぎ始めた。すると、怨み・憎しみ・怒りの感情が去来して身を焦がし始めた。夜昼となく報復の妄想が心を満たし、おぞましくも一時期それは「生き甲斐」でさえあった。しかし現実に帰れば報復など露ほども叶わぬ非力な自らを知り、激しい喪失感と虚脱感に苛まれるのであった。

苦悩は続いたがやがて、大いなる現実が私からかりそめの「生き甲斐」を奪った。そして「目覚めよ!」と喝破した。大いなる現実とは、愛する者 ?家族? の存在であった。陽光のような無言のまなざしが、我が身を照らし続け、奥底の人間性を喚起してくれた。

憑物のおちた私は本来の住処に戻ると共に、全ての人は愛し愛され、本来人は、大きく人間性の中にあることを知った。闇から苦悩そして本来の私へ。

以上の経過を経て、私は大いなる実感をもって揺るがぬ結論を得たのである。

それは、

「理不尽の強要は人間性に対する冒涜である」

ということであった。

【結合と分断そして自らの再起】

報復の成就に実りは無い。内には自らの人間性を損(そこな)い、外には報復の連鎖を生む。

人間と人間、集団組織と集団組織。いずれに於いても反目・分断は反価値(悪)である。融和・結合こそ価値(善)と言えよう。そして分断をもたらす元凶の一つに「理不尽の強要」がある。

おそらくは有史以来存在し続けているであろう「人間関係における優劣」という一大妄想。そしてこれに伴う理不尽の強要。

報復に身を焦がす者が「直面するテーマ」は、本人の思惑を超えて甚だ大きいといわなければならない。それは人類普遍のテーマなのである。

ともあれ、まずは蘇生しなければ・・そして再起しよう。今度はどこまでも自分らしく。新たな自分として。その上で、「人間性に対する冒涜」は、断固これを喝破しゆく自分でありたい。

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