軽トラックオーナーで自営・独立開業を夢見て

営業譲渡の動乱と後始末を経て、会社勤めに嫌気がさしていた私は「独立開業軽トラックオーナー」の広告にあっさりと飛びついてしまった。まだ若く体力もあり、頑張り次第でいかようにもなろうと思われた。

求人紙面を見る際の注意事項の1つに、「長期または広告の都度、求人の掲載を続けている企業は要注意」というのがある。従業員が定着せず、辞めては採用を繰り返す企業体質が懸念されるというものだ。私の飛びついた広告も同様の類であり、それら企業は現在も活発に求人紙面を賑わしている。(平成28年現在は悪評の下、完全廃業)

採用企業とは業務委託契約を結んで仕事を提供してもらう。仕事は継続して紹介されるので月商35万円以上が可能であり、60万円稼ぐ人もいるという。なんとしても35万円は稼ぎたかった。企業は充分に可能だという。契約書には「夢と理想の実現のため」云々といった文句が踊っていて、「やるべし」と促していた。私は契約書に捺印してしまった。

軽トラのローンに縛られる軽トラック独立オーナー

中古の軽トラックなど、それこそ二束三文で手に入るが、企業から購入しなければならないロゴ入りアルミパネル施工の新車は、軽トラックのくせに170万円もした。企業も施工業者も車の売却さえ済めば、いつオーナードライバーが辞めても充分に潤う仕組みになっている。

私は車両の購入にローンを組んだ。返済日は毎月確実にやって来る。これが重くのしかかり嫌でも仕事に駆り立てられる。また、月商35万円といっても15%以上をはねられる。オーナーであるから当然のこと、車の維持費ほか必要経費は自分持ちだ。さらに、開業に必要な営業ナンバーの取得に、手続代行料と登録手数料がかかった。営業ナンバーを初めて目にした時は、それが守護神のように思われたのだが・・

余談になるが、資金にゆとりがあるか充分な勝算でもあれば良いが、そうでなければフランチャイズや代理店の類に手を出すのはやめよう。悲惨なことになる公算が大である。求人紙上にはフランチャイズの勧誘がますます目立つ。これと同様に派遣業各社からの求人も増えていて、それは職安の求人票にまで進出している。

そもそも、フランチャイズや派遣の業者には、応募者に投資するという概念が無い。自分達は安全圏にあって、泣きを見るのは応募者ばかりである。

先日、職安の求人票に代理店契約を結ばせようとするものがあり、呆れた。職安スタッフも驚いていたが、求人情報の管理をしっかりしてもらいたい。どうしても求職者にはゆとりが無くあせりが先行する。しかし、今のご時世、どこまでも慎重であることが肝心だ。

独立自営とは縁の無い軽トラオーナーの仕事内容

話をもとに戻そう。採用企業はオーナードライバー間の接触を極端に嫌っていた。それでも仕事のはずみで接触はあり、その都度耳にするのは同社への批判ばかりであった。仲間どうしの交流がモチベーションを喪失させていたのである。

業務開始の日が訪れた。初日から長期の仕事は無く、車ごと引越会社の手伝いにまわされた。現場まで引越専用のトラックを追っていくのだが、こちらは巨大な荷台付きの軽トラックである。高速道路ではトップギアにもかかわらずエンジンは悲鳴をあげ、異様な振動が車体を踊らせた。新車の段階で酷使することになった。

現場では引越スタッフと同じ作業に従事して一日中汗を流す。ちょうど夏場であり、ペットボトルで4リットルの水を飲んだが全て汗になり、小水は一滴も出ない。軽トラックの荷台はほとんど使われず、高くつく移動の足に終始した。これで日当が8千円では、身一つで引越会社のアルバイトについた方がはるかにマシであった。

これが2週間程も続いた後、やっと長期の仕事がもらえた。豆腐工場から得意先企業へ商品を配送する仕事だった。積み込みの前に冷蔵庫からの蔵出しと賞味期限の打刻作業が入る。同じ採用企業の「先輩」から仕事を引き継いだ。「先輩」は仕事ばかりでなく、苦労話もしてくれた。水場で転倒して左の肩を骨折したが、1日だけ休み、ケガを隠して仕事をしたという。それも、軽トラックのローンに縛られていて仕事を失うのが怖かったからだと言う。

午前2時に出勤し、配達を終えると正午になった。この仕事だけでは月商換算25万円に過ぎなかったから、採用企業に35万円は稼ぎたいと申し出た。すると、さらにDIYセンターの宅配の仕事が紹介された。午後1時からの仕事で、これを終えると午後6時半をまわる。得意先二つで月商換算は35万円になったが、1日15時間労働で週休1日である。体力のあった当時の私にもかなりきつかった。

採用企業に広告に掲載の収入の真偽について問うた。「わりの良い仕事は皆一度つかむと離さない。なるべくわりの良い仕事を向けるようにしたいが・・」とのことで、かなり煙たがられた。

独立自営の夢も希望もどこにも見出せない実態に、後悔ばかりが先に立った。

夢と理想の実現は叶わず 軽トラオーナー終焉

このような状況の中で迎えた休日の朝のこと、寝床を出ようとすると右脇腹から背中にかけて激痛が走った。筋肉痛かと思ったが痛みは激しさを増すばかりだ。結局救急車のお世話になった。

尿管結石であった。当初、入院1ケ月などと診断されたが、泥のような石が出て1週間で退院した。しかし、仕事は2つとも別のオーナードライバーの手に渡っており、もらえる仕事は短期スポットのものだけであった。

2週間が過ぎても状況は変わらず、これでは埒があかないので自分で宅配の仕事を見つけて急場をしのいだ。仕事を請負う際に「営業ナンバー」をアピールしたが、そんなことはどうでも良いことだった。宅配の仕事もシーズンを過ぎると激減した。採用企業からの紹介も未だ短期のものばかりだ。

自分の甘さを思い知らされた。元の鞘に収まることを決断するしかなかった。

かつて、軽トラックのオーナードライバーが採用企業の社屋でガソリンを撒き、悲惨な結果を招いた事件が報道された。私は事件を知り、会ったこともない犯人の彼を大変身近に感じた。そして、事件の被害者各位には大変に申し訳ないが、彼に深く同情をしている。

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