何の兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし(四条金吾殿御返事)

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何の兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、との日蓮大聖人の仰せは、四条金吾殿御返事の内、別名を「法華経兵法事」といわれる御書に認められています。

この御文は、2017年(平成29年)5月度の座談会御書の拝読範囲の冒頭の一節となります。

2017年5月度座談会御書の拝読御文【四条金吾殿御返事】

「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず、兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり、ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候(御書全集1,192ページ15行目~1,193ページ2行目より引用)」

何の兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし の意味

「何の兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」との御文を通解をすれば、「どのような兵法よりも、法華経の兵法を用いなさい」との仰せです。

同じく、拝読範囲には「兵法や剣術の真髄も、この妙法から出たものである」とあります。「妙法」とは、兵法・剣術の「理(り)」に限らず、万般の道理・法則の頂点に位置する「宇宙の根本法則」です。その妙法を根本として進んでいくならば、「絶対勝利」は自明の理であるということです。

つまり、法華経の兵法とは、妙法への揺るがぬ「信(しん)」が根本であるということです。具体的には、御本尊への強盛な祈りを根本にして、我が生命に仏界の智慧と勇気を湧き出(い)だし、無明(むみょう:生命根本の迷い)と戦い、絶対勝利する「信心」のことを示されています。

そして、その上で最も肝心なことこそ、臆病を廃して勇気をもって臨むことです。

拝読範囲の「ふかく信心をとり給へ」とは、宇宙の根本法たる妙法こそ最大一であると信じきることであり、「あへて臆病にては叶うべからず候」と、周囲の状況に翻弄(ほんろう)される臆病の心を戒められています。

勇気の行動が慈悲に通じる

日蓮大聖人の御一生における根本目的と御遺命は、妙法を「広宣流布」することに他なりません。

大聖人御自らの忍難弘通の御一生に明確なのは、民衆救済のための慈悲の「実践行動」にほかなりません。妙法流布のための実践行動なきところに、大聖人の仏法はないのであります。

その上で、私たち門下が、大聖人に連なるにはやはり、「勇気」が不可欠なのであります。

戸田先生(創価学会第二代会長)は「慈悲」について、次のように指導されています。

「凡夫に慈悲など、なかなか出るものではない。だから慈悲に代わるものは『勇気』です。『勇気』をもって、正しいものは正しいと語っていくことが『慈悲』に通じる。表裏一体なのです」

【参考ページ】

諸余怨敵皆悉摧滅の読み方と意味(四条金吾殿御返事)

5月度座談会御書 四条金吾殿御返事(法華経兵法事)

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