弥三郎殿御返事 6月度座談会御書の講義|但偏に思い切るべし

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2017年(平成29年)6月度の座談会御書は、弥三郎殿御返事(やさぶろうどのごへんじ)の「但偏(ただひとえ)に思い切るべし~」から始まる「御書:1451ページ10行目~12行目」が拝読範囲です。

6月度座談会御書の講義のために、強調すべきところについて述べています。

弥三郎殿御返事の座談会御書拝読御文

【但偏に思い切るべし、今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり(引用:御書1451ページ10行目から12行目)】

弥三郎殿御返事の座談会御書通解

ただひとえに思い切りなさい。今年の世間の様子を鏡としなさい。多くの人が死んだのに、自分が今まで生きながらえてきたのは、このこと(法華経ゆえの難)に遭うためである。今この時こそ(戦いの要衝として有名な)宇治川を渡す所だ、今この時こそ勢多川を渡す所だと思い切りなさい。名を上げるか、名を下すかの勝負の所である。

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但偏に思い切るべし

今回の拝読範囲での日蓮大聖人のご指南の星はどこか。

それは、拝読範囲冒頭の「但偏(ただひとえ)に思い切るべし」に尽きると言えましょう。

各月の座談会御書は未来部の拝読御書も全く同じで、中学高校生向けに「ビクトリー御書」として、また、小学生向けには「ライオンキング御書(師子王御書)」として発行されています。

そして、ライオンキング御書での拝読御文は、『但偏に思い切るべし』のみであり、通解は「ただ一心に思い切りなさい」となっています。そして、講義の要点としては、くよくよ心配しないで、思いっきり全力でやってみよう!ということであります。

弥三郎殿御返事は「念仏僧との法論」という広布の戦いの正念場に臨む「弥三郎殿」へのご指南・激励の書です。

「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」の仰せも「此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ」の仰せも、これから臨まんとする戦いの大きさ・重要性をよくよく知らしめんとする譬えとなっています。

故に「ただ一心に思い切りなさい」、つまり、必ず「勝つ!」と決めて戦いに臨みなさいとの仰せです。

決めて 祈って 行動する 勝利の方程式

2017年6月度の大白蓮華の弥三郎殿御返事の解説に引用されている、戸田先生と池田先生の指導は以下のとおりです。

戸田先生:信心を一言でいうならば「心」を決めることである。同じ決めるのであれば『勝つ』と決めなさい。

池田先生:まず、勝つと『決める』。その上で『行動』を起こすのだ。決めて、祈って、行動する--この勝利の方程式を胸に、我らは広宣流布の大闘争を、痛快に勝ちまくってまいりたい。

「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし(御書1,165ページ)」と大聖人は仰せです。

人生もまた、真の幸福の高みを目指しての「勝負」です。そして、大聖人の仏法こそ、その勝負に勝利するためにあります。

そして、その信心の一念は『勝つ!と決める』ことにあるということを銘記致しましょう。

勝つ!と決めて行動。まずは祈ることで「妙法への確信」は固まり、その祈りから発する行動に無限の力・智慧・福運が湧き上がり、いかなる困難にも勝利していくことができるのです。

仏界の生命の涌現とは、「決めて・祈って・行動する勝利の方程式」にあり、ということです。

現在、実に困難を極める『法戦』の渦中にありますが、「勝つ!」と決める信心で必ずや大勝利して参りましょう。

諸仏の入其身について

なお、日蓮大聖人は、法論に臨む弥三郎殿に対し、拝読範囲の後のところで「釈迦・多宝・十方の仏よ!来たり集まって、わが身に入り、われを助けたまえ!」と一念を定める具体的な祈り方をご教授されています。

諸仏の「入其身(にゅうごしん)」という重要な仰せです。

※ 青文字が拝読範囲で赤文字が「諸仏の入其身」の文です。

弥三郎殿御返事 1,451ページより引用

の定まりたるが故なりと、経文歴歴と候いしかば信じ進らせて候、此の事は各各設い我等が如くなる云うにかひなき者共を責めおどし或は所を追わせ給い候とも・よも終には只は候はじ、此の御房の御心をば設い天照太神・正八幡もよも随へさせ給ひ候はじ、まして凡夫をや、されば度度の大事にもおくする心なく弥よ強盛に御坐すと承り候と加様のすぢに申し給うべし。

さて其の法師物申さば取り返して・さて申しつる事は僻事かと返して釈迦仏は親なり・師なり・主なりと申す文・法華経には候かと問うて・有りと申さば・さて阿弥陀仏は御房の親・主・師と申す経文は候かと責めて・無しと云わんずるか又有りと云はんずるか・若しさる経文有りと申さば御房の父は二人かと責め給へ、又無しといはば・さては御房は親をば捨てて何に他人を・もてなすぞと責め給へ、其の上法華経は他経には似させ給はねばこそとて四十余年等の文を引かるべし、即往安楽の文にかからば・さて此れには先ずつまり給へる事は承伏かと責めて・それもとて又申すべし、構へて構へて所領を惜み妻子を顧りみ又人を憑みて・あやぶむ事無かれ但偏に思い切るべし、今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり、人身は受け難く法華経は信じ難しとは是なり、釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし、地頭のもとに召さるる事あらば先は此の趣を能く能く申さるべく候、恐恐謹言。

建治三年丁丑八月四日 日蓮花押
弥三郎殿御返事

以上。

弥三郎殿御返事の講義の参考サイト

以下は、弥三郎殿御返事の講義に役立つ参考サイトです。

7月度「弥三郎殿御返事」 | 男子部「御書活」研鑽 | 仏法を学ぶ | 創価学会青年部サイト SOKA YOUTH web

弥三郎殿御返事 : 創価教学研究室 (Tommyのブログ)

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