立正安国論(2017年4月度座談会御書)の講義

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平成29(2017)年4月度の座談会御書は、重書中の重書、立正安国論です。

日蓮大聖人のご生涯にわたる行動は、「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」といわれます。

「国をあげての相次ぐ災難の原因こそ、根本悪である「謗法」である。これを打ち破り、実乗の一善に帰することで、今、生きている現実世界は、そのまま清らかな仏国土となり、崩れることの無い宝土になる」、というのが本書の結論であります。

今回の座談会御書では、この結論となる部分を学んで参ります。

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立正安国論の拝読範囲の御文(本文)と通解

本文

「汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ、然れば則ち三界は皆仏国なり仏国其れ衰んや十方は悉く宝土なり宝土何ぞ壊れんや、国に衰微無く土に破壊無んば身は是れ安全・心は是れ禅定ならん(御書全集:32ページ14行目から16行目より引用)」

通解

あなたは早速ささやかな信仰の心を改めて、速やかに、本当に成仏へ至らせる教えである唯一の善い法に帰依しなさい。
そうすれば三界は皆、仏国である。
仏国であるなら、どうして衰微することがあるだろうか。
十方の国土は、ことごとく宝土である。
宝土であるなら、どうして破壊されることがあるだろうか
こうして国土が衰微することなく破壊されることもなければ、身は安全であり、心は動揺せず安定しているだろう。

立正安国論(りっしょうあんこくろん)について

立正安国論は、日蓮大聖人が文応元年(1260年)7月16日、鎌倉幕府(時の政府)の実質的な最高権力者であった北条時頼に提出された「国主諫暁(こくしゅかんぎょう)の書」です。諫暁とは「諫め暁す(相手の誤りを指摘して正しい道に導く)という意味です。

日本では当時、地震・気象の異常・飢餓・疫病などが相次いでおり、日蓮大聖人は、災難の根源にある原因を諸経典に照らして洞察され究明されました。すなわち、国を挙げての謗法(正法に背いている事実)についての究明でした。この究明結果をもって記され、鎌倉幕府に提出されたのが立正安国論そのものです。

本書御執筆の直接の動機は、正嘉元年(1257年)8月に鎌倉一帯を襲った大震災「正嘉の大地震」です。

※ 阪神淡路大震災、東日本大震災等を経験した現代、大聖人のお心がそくそくと迫って参ります・・。

立正安国論では、災難の元凶として、その当時隆盛を誇っていた「念仏(浄土宗)」を強く破折されています。そして、このまま謗法が続くのであれば、「三災七難:さんさいしちなん」のうち、いまだ起こっていない「自界叛逆難:じかいほんぎゃくなん」(内乱)と「他国侵逼難:たこくしんぴつなん」(外国の侵略)の二難が必ず起こると警告され、「実乗の一善:じつじょうのいちぜん」に帰依するよう促されています。

本書の題号となる「立正安国」は、「正を立て、国を安んず」と読みます。大聖人は、国土の平和を実現するためには、根源の悪である謗法を断ち切って人々の心に正法を打ち立てる以外にはないとされ、時の最高権力者に本書を提出されたのです。

しかし鎌倉幕府は本書の諫言を用いることなく無視し、謗法の諸宗の僧たちを重用しました。そしてその結果、文永9(1272)年の二月騒動(北条時輔の乱)、文永11(1274)年と弘安4(1281)年の蒙古襲来として、本書で予言された二難がそれぞれ、現実のものとなっています。

本抄の構成は「問答形式」で展開されています。災難を嘆きその根本原因を尋ねる「客:北条時頼を想定」に対して、「主人:日蓮大聖人」が立正安国(正を立て、国を安んず)を説くという10問9答の構成です。

今回の4月度座談会御書の拝読範囲は、客の「第9問」を受けての、主人の「第9答」の中に記された御文となっています。

立正安国論 拝読範囲の解説

拝読範囲の御文は立正安国論の結論の部分に相当しており、「立正安国」の原理が示されています。

その原理とは、
『根本悪である「謗法」を打ち破り、信仰の寸心を改めれば、今、生きている現実世界は、そのまま清らかな仏国土となり、崩れることの無い宝土になる』ということです。

ここで学ぶべき点は以下3点となります。

  1. 日蓮大聖人は、あらゆる変革の出発点として「心の変革」を強調。一切の変革の根本は、一人の人間の心の変革からはじまる。
  2. 当時の謗法が蔓延する状況を現代に言い換えれば、人間生命を軽視する考え方であり思想。万人成仏を説く妙法は、全ての人々に尊極なる生命を見出し尊重しているが、その究極こそが法華経であり、南無妙法蓮華経。
  3. 他者のため、社会のために、現実社会の真っ只中で行動することが肝要。仏法においては、自分一人だけの幸福はありえない。自他共の幸福を目指す実践の中でこそ、自身の幸福も実現するということ。

『汝早く【信仰の寸心を改めて】速に【実乗の一善】に【帰せよ】』とは。

  1. 信仰の寸心を改めて:心の変革を!
  2. 実乗の一善:法華経(南無妙法蓮華経)
  3. 帰せよ:自行化他の実践に打って出よ!

ということであります。

日蓮大聖人は、どこまでも、粘り強い対話の力で人々の心の変革を進めていきました。そして、本書、立正安国論もまた問答形式の対話の書であります。

現代において、立正安国の精神をもって民衆の幸福と平和にために戦っているのが創価学会です。

SOKAnet: 創価学会公式サイト

人間革命第1巻の「はじめに」において、「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする(『人間革命』第1巻8ページより引用)」、ということが人間革命本書の主題であると述べられています。

人間の内発性を信じる真心と信念の対話で、わが地域に友情と信頼の輪を拡大しゆくことを決意して参りましょう。

立正安国論と実乗の一善(日蓮大聖人の弘教の根本目的)

ここでは、立正安国論の「立正安国」と「実乗の一善」、及び日蓮大聖人の弘教におけるの根本目的について、さらに深く述べています。

立正安国

日蓮大聖人は、平和実現のための原理を「立正安国論」の中で示されました。

「立正安国」の「立正」とは、人々が人生のよりどころとして正法を信受することであり、また仏法の生命尊厳の理念が、社会を動かす基本の原理として確立されることです。

「安国」とは、社会の平和・繁栄と人々の生活の安穏を実現することです。

「立正安国論」における「国」とは、権力を中心にした統治機構という面とともに、より深く、民衆の生活の基盤として捉えられています。その意味で、人間が形成している社会体制だけでなく、自然環境の国土も含まれます。

大聖人が民衆を中心に国を捉えられていたことは、「立正安国論」の御真筆において、国を意味する漢字を書かれる多くの場合に、国構えに民と書く「?」の字を用いられていることからも、うかがうことができます。

「立正安国論」は、直接的には当時の日本の安国の実現のために著された書ですが、その根底となっている精神は、民衆の安穏の実現にあり、したがって未来永遠にわたる全世界の平和と人々の幸せを実現することにあります。

大聖人が、当時の人々の苦悩を解決するため、「立正安国論」を著し、権力者を諫められたこと自体、仏法を行ずる者は、ただ自身の成仏を祈って信仰していればよいのではなく、仏法の理念・精神を根本にして、積極的に社会の課題に関わっていくべきことを身をもって示されたものと拝察できます。

創価学会が、今日、仏法の理念を根本に、平和・文化・教育・人権などの分野で行動しているのも、「立正安国」の法理と精神に基づく実践にほかなりません。

実乗の一善

「実乗の一善」とは、一人一人が帰依すべき正法を示しています。

「実乗」とは法華経であり、「一善」とは「唯一の善」「根本の善」という意味です。すなわち、人間に真の幸福をもたらす妙法こそが根本の善の教えであり、「実乗の一善」です。

妙法は、"一切衆生は本来、仏なり"と教える、最高の人間尊重の大法です。仏法は、全ての人に絶対の尊厳性と限りない可能性を見いだす"人間主義の哲学"にほかなりません。

池田先生は述べています。

「いわば、『実乗の一善に帰せよ』とは、『偏頗な生命観、人間観を排して、生命の尊厳に立ち返れ』『エゴを破り、慈悲を生き方の規範にせよ』『真実の人間主義に立脚せよ』との指南といってよい」

「実乗の一善」とは、広げて言えば"仏法に基づく人間主義"ということができます。これこそ、人々の幸福と社会の繁栄を実現しゆく普遍の哲理なのです。

大聖人の弘教の根本目的

日蓮大聖人の生涯にわたる行動は、「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」といわれます。

幕府や既成の宗教勢力からの大聖人に対する迫害が本格化するのは、「立正安国論」の提出が契機でした。法然の念仏を強く破折する「立正安国論」の提出からほどなく、念仏者たちが、鎌倉の大聖人の草庵を襲うという松葉ケ谷の法難が起きました。

さらに、翌・弘長元年(1261年)の伊豆流罪など、命の危険にさらされる迫害を受けても、立正安国を願う大聖人の御覚悟が揺らぐことはありませんでした。

大聖人は「立正安国論」で「自界叛逆難」「他国侵逼難」を予言されています。大聖人は、この二難が決して現実のものとならないように、権力者を諫め続けられましたが、用いられることはなく、文永8年(1271年)には、竜の口の法難、佐渡流罪に遭われます。この流罪のさなかに、「自界叛逆難」が二月騒動(北条時輔の乱)として的中。赦免直後には、「他国侵逼難」が蒙古の襲来によって現実のものとなります。

大聖人が御入滅の直前、弘安5年(1282年)9月に武蔵国池上(東京都大田区池上)で最後に講義されたのも、「立正安国論」でした。このように、大聖人の御生涯は「立正安国論」を中心に展開しました。立正安国の実現こそ、大聖人の弘教の根本目的だったのです。

池田先生の指針から 生命尊厳の理念が脈打つ世界に

心を変革して、いかなる理念に基づいていくべきなのか。大聖人は、それを「実乗の一善」と仰せです。

「実乗の一善」とは、法華経の根本善ということであり、すべての民衆が、それぞれ自身に具わっている仏性を開いて成仏することができるという法理です。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第22巻)

「立正」とは、まず、一人の人間の心の次元の変革にかかわります。自身に内在する「根本善」に目覚め、胸中に法華経の「人間尊敬」「生命尊厳」の哲理を確立し、生き方の根底の哲学とすることです。この目覚めた人の行動によってこそ、法華経の哲理は、社会を支え、動かす原理として確立されていくのです。

そして、社会に平和の精神基盤を築くことが「立正」の肝要である以上、生命尊厳のため、平和のために、志を同じくする人々や団体と共に立ち上がるのは当然です。決して排他的なものではありません。

何よりも大事なのは「立正」を貫く一人ひとりを育てることです。一人の「立正」の人が立ち上がることで、周囲を善の方向へ、平和の方向へと変革していくことができます。そうした使命を担う師子王の如き人材を輩出することが「立正」の帰結なのです。

また、立正安国の「国」とは、民衆が住む国土のことであり、私たちが目指す安国とは、仏国土を実現して民衆のための安穏の国土を建設することです。(中略)

「安国」の本義は、国家主義の対極にあり、世界に広々と開かれたものです。それと共に、「安国」とは、未来にも開かれています。仏国、すなわち仏の国土とは、「一閻浮提」に及び、永続するものだからです。

「仏国」とは、「生命尊厳」「人間尊敬」という仏法の精神が生き生きと脈打つ社会であり、自他共の幸福の実現という思想が重んじられる世界のことです。(同)

立正安国論の拝読範囲の参考文献

平成29年4月度座談会御書(32ページ14行目から16行目)の参考文献

御書の世界 第1巻 立正安国 (上)

「学会は、個人次元の立正のために、正しい信仰の確立を目指している。社会次元での立正のために、人間尊厳・民衆根本の精神を広げている。その思想を基調として、現実社会で、すなわち王法の次元で、文化・平和・教育の運動を、大いに展開している(『御書の世界』第1巻137ページより引用)」

勝利の経典「御書」に学ぶ 立正安国論

「創価学会は、"立正安国の旗"を掲げて、どこまでも、民衆の幸福と世界の平和 のために、現実社会の変革に挑戦しゆく使命を貫きます(『勝利の経典 「御書」に学ぶ22』114ページより引用)」

「人々の幸福と安穏を願えば、現実社会の変革へ、目を向けざるを得ません。この姿婆世界を即、寂光土へ変革していく。これが、大聖人の「立正安国」の本質です(『勝利の経典「御書」に学ぶ22』116ページより引用)」

「私たちの対話が、社会を変え、世界を結び、未来を創ります。私たちの対話には、希望があります。生命の可能性を開く蘇生の力があります。勝利と勇気と確信があります。"人間を信ずる力"によって民衆の時代を築くのが、私たちの"立正安国"の対話なのです(『勝利の経典「御書」に学ぶ22』145ページより引用)」

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