2月度 座談会御書(三三蔵祈雨事)の講義内容

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平成28年2月度の座談会御書は、三三蔵祈雨事(さんさんぞうきうのこと)です。2月度の御書講義の御書も三三蔵祈雨事ですが、座談会御書での拝読範囲は、その少し前の部分です。

御書講義の拝読範囲では、「善智識(ぜんちしき)」が何であるかを学びます。座談会御書では、何があっても善智識から離れないことの重要性を学び、創価の善の連帯を銘記して参ります。

御書・三三蔵祈雨事の「背景」については
善知識とは 三三蔵祈雨事(28年2月度御書講義)に学ぶ
を参照して下さい。

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2月度・座談会御書(三三蔵祈雨事)の講義

三三蔵祈雨事 拝読範囲の本文

「夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず、本より生いて候木なれども根の弱きは・たうれぬ、甲斐無き者なれども・たすくる者強ければたうれず、すこし健の者も独なれば悪しきみちには・たうれぬ(御書1468ページ1行目~ 3行目)」

三三蔵祈雨事 拝読範囲の通解

「そもそも、木を植える場合、大風が吹いたとしても、強い支えがあれば倒れない。もともと生えていた木であっても、根の弱いものは倒れてしまう。弱く不甲斐ない者であっても、助ける者が強ければ倒れない。少し頑健な者でも、独りであれば悪道に倒れてしまう」

三三蔵祈雨事 拝読範囲の講義

大風が吹いたら倒れてしまうような樹木であっても、「つよきすけ」すなわち「強い支え」があれば倒れない。これと同じく、仏道を歩む上で、弱く不甲斐ない者であっても、強い支えがあれば倒れずに進むことができるが、少々頑健な者であっても、支えがなければ悪道に倒れてしまう、と仰せです。

ここで言う「強い支え」とは、「善智識(ぜんちしき)」のことで、善智識とは、正しいく仏道修行の道に導いてくれる善き友のことを言います。すなわち、信心を励ましてくれる師匠であり同志であり、創価学会の広宣流布の組織のことに他なりません。

反対に、仏道修行を妨げる悪い存在や出来事を悪知識(あくちしき)と言います。今回の拝読範囲のすぐ後のところで、日蓮大聖人は、末法の乱世では、悪知識は大地微塵よりも多くけしてなくならない。これに対して善智識は極めて稀な存在で、実に会い難いものだと仰せです。

仏道修行を妨げる悪知識という大風は常に吹き荒れていて、一人で孤立していると、どんな人でも、いずれは必ず悪しき道に倒れてしまうということなのです。

ゆえに、最も肝心なことは、善智識である学会の同志・師匠・組織から、けして離れてはいけないということです。

自他共の幸福のために切磋琢磨できるところ。互いに励まし、互いに境涯を高め合うところ。それが、創価学会という「善の連帯」です。

池田先生は、『学会こそ、分断と孤立の不安をかかえる社会にあって「人間共和の安全地帯」』である。また、『創価の「善智識の連帯」こそが、人類の希望なのです』と言われています。

さて、創価学会は折伏の団体であると言われますが、折伏・弘教とはまさに、この創価の善の連帯を拡大していくことに他なりません。

互いに励まし、互いに境涯を高め合いながら、創価の「善智識の連帯」を拡大して参りましょう。

▲ここまで2月度座談会御書(三三蔵祈雨事:1468ページ1行目~ 3行目)の講義▲

創価の善の連帯についての付記

どのような人であっても仏道の正道を歩み続けていけるつよきすけ(強い支え)こそ善智識です。いわゆる、万人成仏の法である末法の法華経に不可欠の存在こそ善智識です。

御本仏・日蓮大聖人が示された世界広宣流布は、創価学会の根本目的に他なりません。そして、現代においては唯一、創価の善の連帯の拡大こそ世界広宣流布の確実な軌道なのです。

自身を励まし境涯を高めてくれた「創価の善の連帯」に感謝しています。この善の連帯を拡大する「折伏・弘教」挑戦して参りたい。

【切磋琢磨(せっさたくま)】とは
学問・道徳に、励みに励むこと。また、仲間同士互いに励まし合って向上すること。「切」は骨や象牙を切ること。「磋」はそれらを研ぐこと。「琢」は玉や石を打ち叩くこと。「磨」は磨くこと。細工師の技工や完成した細工品のたとえから、学問や精神・人格を磨き、向上することを意味するようになりました。(中国の『詩経』から)

以上です。

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